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小浜の四季

季節の話題や、小浜市のディープな情報を、番頭が責任取材でお届けします。

2月

2月24日 芽立ち神事 小浜市加茂(かも) 加茂神社

旧暦の1月16日に加茂神社で行われる『芽立ち神事』(オイケモノ神事)。
約1000年前から続く伝統行事で、国選択無形民俗文化財に指定されています。

ドングリやクリ、ギンナンなどを箱に入れて土中に1年間埋め、木の実の芽の出方でその年の作柄を占うものです。加茂神社の下宮で木箱や弓矢などを奉納した後、上宮でムクの神木の根元から木の実の入った箱を取り出して、代わりに来年用の箱を埋めます。その後、区の役員が箱を開封して、今年の吉凶を発表します。

3月

3月2日(火) お水送り

3月12日に奈良東大寺二月堂で行われる「お水取り」に先がけて、毎年3月2日に行われる小浜市神宮寺の「お水送り」は、奈良と若狭が昔から深い関係にあったことを物語る歴史的な行事です。お水取り(修ニ会の「お香水」汲み)は全国にも有名な春を告げる行事ですが、その「お香水」は、若狭鵜の瀬から10日間かけて二月堂の「若狭井」に届くといわれています。(両市は、この天平時代からの1,200年の歴史の輪廻により、昭和46年より姉妹都市盟約を締結しています。)

「お水送り」は午前11時、下根来八幡宮で営まれる山八神事から行事はスタート。午後1時からは神宮寺境内において弓打神事。そして、午後5時半ごろ、白装束の僧がホラ貝を吹きながら山門をくぐり入場します。午後6時から本堂で修二会を営み、「だったん」の行へ。7メートルもあろうかと思われる巨大松明を「エイッ、エイッ」とのかけ声とともに振り回します。大護摩に火がともされると、大松明を先頭に、手に手に松明を持った2000人余の人々が、遠敷川沿いに松明行列を繰り広げ、鵜の瀬を目指します。鵜の瀬の河原で大護摩が焚かれ、炎が水面に燃え広がったようになると、住職が送水文を読み上げ、邪気払いをし、お香水を遠敷川に流します。お香水は10日後、奈良東大寺の「お水取り」で汲み上げられる。

※午後7時からの約2kmの松明行列には、一般市民、観光客の皆さんも手松明を購入して参加することができます。

4月

4月10日(土) 蘇洞門(そとも)開き

小浜に本格的な観光シーズンの開幕を告げる蘇洞門開きが開催されます。小浜市長が蘇洞門の門を開く金色の鍵を海中に投げ込んで、海開きを告げると共に、蘇洞門遊覧船の航海安全と観光盛況を祈願します。

「蘇洞門」は小浜湾の東側、内外海半島の外海側にある海蝕洞で、花崗岩が日本海の波の作用で削られてできたものです。奇岩,洞門,洞窟などが約6Kmにわたって続き、豪壮な景観をなし、若狭国定公園を代表する景勝地となっています。

江戸時代からの景勝地小浜は、酒井氏12万3,500石の城下町であったとともに、中世以降日本海を代表する港として、北は北海道から南は九州に至る広範囲の交易船や、外国船が数多く入港していました。このため、「蘇洞門」は江戸時代中期の地誌「若狭国志」(1749年小浜藩稲庭正義著)に、そのすばらしさを紹介され、又、18世紀後半に描かれた「小浜城下蘇洞門景観図」(作者不明、昭和63年(1988年)小浜市指定文化財)にも、既に現在案内されている奇岩・洞門・滝などが見えており、古くから景勝の地とされていたことが分かっています。

5月

5月2・3日 小浜城址にある小浜神社例大祭 お城祭り

雲浜獅子舞は旧若狭小浜藩主、酒井忠勝公が寛永11年(1634)武蔵川越から小浜に国替えの際に伴って伝えられました。小浜に連れてこられた演者たちは「関東組」と称され準士族の身分を与えられ、主に城中での祝事のみに演舞が許されていました。又、祇園祭礼の際には廣峰神社への奉納もされていました。川越では、ささら獅子舞として奉納されていましたが、酒井忠勝公が獅子頭を小浜へ運んでしまったため、現地では75年の長きにわたって中断してしまうと云うこともあったようです。(現在、小浜市と川越市は姉妹都市となっています)

その後廃藩に伴い一時中絶に至りましたが再興され、明治8年藩祖忠勝公を祀る小浜神社が創建され、例大祭である「お城まつり」で演じられるようになり、現在まで伝えられています。 この舞は一頭の雌獅子舞をめぐりニ頭の雄獅子舞が繰り広げる恋の争いを勇ましい獅子舞と美しい笛の音にのせて、400年後の今に伝えています。華麗典雅な舞は、昭和32年福井県の無形民俗文化財に指定されました。

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